こども園おはな 2

沖縄版森のようちえんです。 おとなもこどももあるがまま♡ 毎日楽しくハッピーに♪ やりたい時に、やりたい人が、やりたい事を!!をモットーに、絶賛ゆる~く活動中♪

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てぃーだブログ
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今日はピザパーティ

今日は平和創造の森公園さんのピザ窯をお借りして




ピザパーティキラキラ キラキラ 



トッピングはいろいろ

グミの型を抜いたり



にぃにぃたちは最近ブームのポケモンガオ―レで大盛り上がり

もぅこればっかり


さっきのグミとクッキーで何が出来るのかな~??

4キロのピザ生地びっくり!

手つきがもう職人です



一人一枚作りました いや、二枚三枚作る子もいたなぁ~

ほんの数分で焼きあがりま~す

実はこの後、中が生焼けで

すぐに焼きなおしました~ ドタバタドタバタ(汗)

ガツガツ  実は昨晩熱が出て、気合で治してきたSくんですびっくり!!

お誕生日会もやりました~


ほっぺが落ちる美味しいケーキに~





さっきのグミとクッキーは




こうなりました~キラキラ 

すっごーーーーーびっくり!!

生地が余ったのでパンにしたら大成功チョキ

クリームチーズと桑の実ジャムを入れました






たのしい


おいしい


ピザパーティでした




まったね~♪赤


居場所

最近のおはなは

一人でやっていくのがシンドクテシンドクテシンドクテ

いつも一緒に活動させてもらってる

自主保育のさちばる園ときみな園と合体して

進めていく流れとなりました


いつも思うことは

手放せば豊かになっていくということ

懐は寂しくなったけど・・・

幸せは何倍にもなりました

不思議だねぇ

不思議だけどほんとにそうなんだねぇ



家族の悩みも仕事の悩みも子育ての悩みも

ひとりで抱えてないでレッツシェア

親身になって寄り添って聞いてくれる

小さな失敗も大きな失敗も

げらげらと笑って吹き飛ばしてくれるこのお母さんたちには

底知れぬ生きる力を感じます

すげえなぁ~ かっこいいなぁ~ かがやいてるなぁ~

そんなおかあちゃんたちに支えられて

ぼくは幸せです





















こどもたちの居場所だって一生懸命つくってきたけど




気付けば



ここは



おとなたちの居場所にもなってました



自分がなるべく自分のままでいられて



安らげる場所があるのは



なんて



なんてなんて



素敵なことなんでしょう



そんなことに改めて気付かされました



ありがとう



みんなありがとう












ひとりのママのつぶやきから始まった 
自主保育さちばる園
ママからママへ。繋ぎ繋がり。はや5年。
子どもも大人も、共に育みあい。
出会ったり、旅立ったり。帰って来たり。
そこに行けば、同じように子どもと暮らす親達に会える。
当初、2歳だった長男も2年生の歳。
さちばる園、こども園おはなで過ごした彼は、
小学校を選ばず、そのままの。
仲間達と、これまでと変わらない日々を過ごしています。
子どもの周りには、いつも愛ある大人達がいて
なんとなく見守られている、安心感。
大人だって怒るし、泣くし、いっぱい間違える。
きっと子ども達は、ありのままの大人達からいっぱい学ぶんだと思う。
そこには親子とも違う、いろんな大人達との関わり合いがある。
あらためて、いい場所だなぁ と感じます。
子ども達の居場所がもっと多様にあって、自分のいたい環境を選べる。
そんな国になったらいいな。
まずは、そんな村。
ちびっこばっかりだった さちばる園も
子ども達がすくすく育ち、異年齢の活動へ。
赤ちゃんから小学生の子ども達と親達で過ごしています。
みんな そのまんま。
誰でもwelcome!!
新たな出会いが楽しみだ♡
       さちばる園 きよこ




さちばるフェイスブックはこちらから→
https://ja-jp.facebook.com/sachibarukid/




今日は公園びっくり!!

桑の実採りへGOびっくり!!GOびっくり!!






いっぱい採れたどーーーーびっくり!!極旨ジャムができまっせ~ラブ

新米おにぎりの差し入れいただきますたーーーびっくり!!美味ーーーーおにぎりハートハート



帰るかなぁ~と思いきやく~さ~そ~り~ぶーんぶーん










はぁ~たのしかったぁ~キラキラ キラキラ またね~♪赤

焼きイモ

すこし湿った冷たい風を

シルクのように肌にまとって

海辺の道をとトコトコ歩く

台風で運ばれたたくさんの枯れ葉をカサカサ踏みながら

植物たちを見ていると

だいぶ落ち着いたような気がする

木々の隙間から射してくる太陽は

確実にぼくらから遠ざかったな

そう思わずにはいられない

あの暴力的なほど開放的な夏は

もう過ぎ去ってしまったのだ

こどもたちも随分落ち着いたな

久しぶりに火をおこして作った焼きイモを頬張りながら

ひとり静かに物思う

この子たちは幸せそうだ













幸せとは

きっとこういうことだろう

うまく表現できないけど

きっと

きっと

こういうことだろう

こどもたちは随分と上手に表現できている

そんなに上手に出来なかった焼きイモを飲み込んで思うことは

ぼくたちおとなの幸せってなんだろうな

自分のために

この子たちのために

どうやって生きていったらいいんだろうな

ほろ苦い

いつになくほろ苦い今日の焼きイモは

甘い

甘い甘いこどもたちを

妙に浮き立たせた






今まで何度海に来たのだろう

優しい時もあれば

荒々しく恐ろしい時もある

人の心のように

満ちては引いてを繰り返し

たくさんのバカ野郎も

たくさんの愛してるも

全てを受け入れて浄化していくんだ

これからも

何度も何度も通うだろう

たくさんのバカ野郎と

たくさんの愛してるを聞いてもらうために

だからか

だから海はしょっぱいんだ

そして

ちゃんとぼくらの真ん中に沁みわたるんだ

大事なことを忘れないために

恋人達の甘いささやきが

サラサラと砂とじゃれて聞こえてきたけど

こどもたちの笑い声が一瞬でそれを掻き消した

そんな今日の風は甘さを増してどこか遠くへ運ばれていった

どうかもうこれ以上悲しいことが起きませんように

悲しみの涙よりも愛しみの涙で海が濃くなりますように

どうか

どうかどうか








なんでだろう



なんか急に




秋っぽいなぁ~





さて、今日は公園びっくり!!













携帯やパソコンを見続けると

な~んかイライラ

気持ちわる~い疲れ

一方

木の実を採ったりお花を摘んだりしていると

な~んでこんなに優しい気持ちになれるんだろう

こどもたちに引っかき回されてもうクタクタ

でもなんだか気持ちイイ

なんでだろ

なんでだろ

真っ青な

空の色を映していたぼくらの心が

秋の気配ではしっこだけピンクに染まる

からっぽだったぼくらの心が

ことばでぱんぱんに膨れ上がると

ドキドキと脈を打って全身を駆け巡る

あぁ~ぼくたちは生きている

こんなにも感じる心を持って

ぼくたちは生きている

なんて

なんてすばらしいんだろう

ぼくたちのドキドキが地面にうつって

地球がドクンドクンと脈を打つ

地球も生きている

みんな生きている

ただそれだけ

ただそれだけのことが

今日はなんてすばらしいんだろう

枯れ葉をあつめてベットにして

大きなお母さんの上でお昼ね

ドクンドクン

ドクンドクン

大きな鼓動と小さな鼓動が重なって

ぼくたちはひとつになった

そう

忘れていたことを思い出した

ぼくたちはひとつだった

なんでだろう

なんでだろう

そんな大切なことを忘れてしまったのは

なんでだ

なんでだ

怒ろうとおもったけど

そんな気分ではない

ただただやさしい鼓動に包まれて

安心して眠っていた

目を覚ました時には

もう

地球の鼓動は聞こえなかった

おもわずぼくは胸に手をあてた

ドクンドクン

ドクンドクン

力強く脈打つ心臓と手の鼓動が重なって

ぼくは生きている

力強く

そう思えた

髪の毛に絡まった枯れ葉から漂ってくるその臭いは

より一層生きていることの意味を強めた

ぼくたちは生きている

ただそれだけのことが

今日はなんてうれしいんだろう

なんて

なんてうれしいんだろう






徳島県にあるフリースクール「トエック」から小冊子が販売されている。

何度も何度も読み返した。そして、いつも胸が熱くなる。

前も紹介したと思いますが、また紹介させて頂きます。





以下抜粋

【のびやかに自分になる】 刊行に寄せて

「のびやかな自分」とはなんでしょうか?ありのままの自分でいられること、思うがままにふるまえること。そんな時、人はのびやかな自分を感じられるのかも知れません。そして、これは誰もが望む理想的な生き方でもあるでしょう。
 しかし、現実にはいつも他者の視線や思惑を気にして自分を抑えたり、装ったり、無理して相手の望むようにふるまったりしています。そこで、私たちはいつも窮屈な思いや圧迫感を感じ、ストレスを蓄積し、どこか苛立ち、ゆったりとした時間を得ることがなかなかできないのかも知れません。失敗によって自信を失っていたり、裏切りや失恋などで心弱くなっている時は、さらに「生きている自分」を肯定的に思えなくなるでしょう。自分は生きている意味はないという苦い認識。このエネルギーが内に向かえば自傷や自殺行為、外に向かうと暴力や殺人へとつながっていきます。
 神戸の中学生が犯した殺人事件を予告するかのような村上龍の小説「イン ザ ミソスープ」。その中にこんな話があります。ボタンを押すとエサをもられるような仕掛けの檻をつくります。その中にネコ(ネズミだったかも知れません)を入れ、ボタンを押すとエサがもらえるということを覚えたら、次に一切エサを与えず、ボタンを押すと電流が流れるようにし、不快な刺激を与えるようにする。そのネコはやがて飢えと不快とで狂いながら死んでいく。自分はそんなネコのような子ども時代を過ごしたというのです。かなりショッキングでおぞましい話ですが、実は「○○ちゃん、ママはあなたが大好き。あなたの言うことはなんでもきくわ」と幼児の時は過剰に甘やかしておきながら、「それはだめ、これならいい」「ママが好きなら○○して」と次第に条件づけをしてしまう親は少なくないのではないでしょか。自由にふるまうことの快感を与えておきながらそれを奪って、しかも条件付きで、愛というふりかけをかけてソフトに縛り付ける。それを毎日のようにいやと言うほど繰り返されて育ったとしたら。今年に入ってから、次々と起こる10代の子どもの犯罪は決して特異なことではないのかも知れません。恐ろしいことですが、膨大な予備軍がいるのだと思えます。
 解決の道はどこにあるのでしょうか?「生きていくということは、ありのままの自分でいいのだ」。「いつもありのままではいられないかも知れないが、それが生きる上では大切なのだ」と深いところで思えること。そして、「そんな自分を認めてくれる、愛してくれる人がこの世界にはいるのだ」とほんとに思えることでしょう。この感覚があれば人はどうにか生きていくことができるように思います。
 そして、遊ぶこと。できたら自然の中で、自分を忘れ、自然と溶け込むような遊びを体験すること。その感覚は、確実に「生きること」のイメージを豊かに広げてくれると思います。
 実は、これらは伊勢さんがとても大切にしている理念だと思います。この本の中には、その理念がさまざまな具体例を通して分かりやすく説かれていると思います。そうした実践は、今の子どもたちにとって大いなる救いでしょうし、健やかに育つための重要な場となるのだと思います。
 この本は今の社会で子どもたちを育てる上で何が大切なのかをわかりやすく説いた教育論だと言えるでしょう。ただし、教育論というと、子どもをどう育てるべきかを考えるのだと思いがちですが、実は大人である自分の生き方を再考させられることでもあるのです。自分はどう生きるのか、どう生きたいのか、その答えをしっかり持つことが、「のびやかに生きる自分」につながります。そして「のびやかに生きる自分」であって初めて、子どもたちに「のびやかに生きる」機会を提供できるのでしょう。

2000年5月31日 (財)日本レクリエーション協会 広告出版部長 河原塚 達樹









今から18年前の文ですが悲しいことに

よりリアルにより力強くこの言葉たちは訴えかけてくる

今、社会は病んでいるのだ

会社も学校も人も動物も植物だって・・・

地球が丸ごと病んでるのかもしれない・・・

まずはおとなが元気にならなきゃ

のびやかに自由にありのままに生きるんだ

ちょっとでもいいんだ

ちょっとでものびやかに

ちょっとでも自分らしく

ちょっとでいい

ちょっとでいいから

心も体も健康で

のびやかで自由で

ありのままなおとなたちが

愛をもって生きて

愛をもって仕事してほしい

ちょっとでいいんです

今よりちょっとだけ

そうしてほしい

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